誤解の効用

 

書斎にすると決めた元寝室には

作り付けのデスクコーナーがあり

その机の前に鏡を置いてます。

光が入りにくい位置にある部屋で

日中でも暗くて照明をつけないと

何もする気にならない部屋。

常に電灯の灯りの下で

机に向かうのですが、今もそうして

コンピューターに向かっています。

 

薄ぼんやりとした灯りの中で

老眼と近眼が入った目で見ると

鏡の中の自分が

それなりにいい感じに見えて

ぼんやりとしか

見えてないからなんだけど

ちょっと嬉しい気持ちになります。

 

朝の太陽の光の元で

お化粧をしている時には

ほとほと落ち込むしかない感じなのに

夜の光の中では

別人のように見えて

意味もなく救われます。

 

馬鹿みたいだけど

人間ってそういうもんよね。

 

インスタに上げてる写真も

みなさまよくお分かりかと思いますが

元の画像は悲惨なもんでも

今時のきれいになる加工をかけると

あっという間にそれなりに。

 

よくわかってるはずなのに

きれいになった写真見てると

自分はこんな感じなんだと

誤解してしまいそうになります。

 

いやいや、嘘やん、

こんなんちゃうやん。

 

朝起きると何もしてないのに

なんかふくらはぎの筋肉が痛いとか

なんか寝違えた?とか

毎日違う場所に

サロンパス貼るような日々です。

 

あらあらと苦笑いしながら

スルーするしかない。

対処して忘れる。

くよくよしない。

まぁ、ありとあらゆることを

すぐに忘れてしまうのですけれどね。

 

悩んだところで

世界は変わらない。

起こったことは変わらないから

今からのことを変えるしかない。

それも自分がやるしかない。

自分が変えたいのは

どんなふうにで

どんなことでというのは

自分にしか分からないしね。

自分が変化してはじめて

相対する世界が変わるのでしょう。

 

誤解でもなんでも

ちょっとでも機嫌良く

気分良くなれるなら

写真加工も、ぼんやりした視界も

悪くないんじゃないかと思えてきました。

 

おばあさんになっていくことは

くよくよし始めたらキリがないくらい

切ないことのオンパレードでてんこ盛り。

 

容赦ない写真とか

拡大鏡で見る自分の顔とか

現実はしっかり認識した上で

上手に誤魔化して気分をよくしながら

笑って過ごせるならそれでいいや。

 

あまりよく見えない

鏡の向こうの自分は

機嫌のいい顔をしています。

機嫌の悪い顔で過ごすよりも

ずっとずっといいよね。

 

本日もお越しいただき

ありがとうございます。

今も最前線で戦ってくださっている

世界中の医療従事者の皆様に

心からの感謝を!

 

 

 

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