映画とか

 

映画を見てきました。

久しぶりに。

 

以前書きましたが

「ツユクサ」という映画を見る を

無理にでも予定に入れて

出かけよう というのを実行しました。

 

映画は、よかったです。

「かもめ食堂」ぽくはなくて

実に普通に恋愛映画だよなこれは と

いささか思い込みを

裏切られた感はありましたが。

 

そこそこいい歳になった男女の恋愛。

なんとはなしに

羨ましい気持ちになりながら

帰ってきました。

(こんなことがあったら素敵やんなぁ。)

 

そして俳優さんたちも、

自分と同じように

歳を重ねてるんだなって

当たり前のことを確認したりして。

 

つらいことがあっても

何があっても

明日からまた普通に

頑張らなくちゃいけないし

しんどいけれど

それも、ちゃんとできる

大人だからね。

そこでしゃがみこんで

泣いてたところで

何がどう変わるわけでもないから

何もなかったような顔で

笑いながらまた頑張る。

そういう普通の人の

健気さみたいなものが

詰まってるように思いました。

うん。

 

あの独特の空間の暗がりに

身を置いて

スクリーンに集中する感じ。

明るくなって現実に戻る感じ。

やっぱりいいな。

私が見た回は結構空いてて、

それもありがたかった。

 

それにしても、

公開される映画の数量と

もたらされる情報とのバランスが

なんだか昔と全く違う。

 

ありとあらゆる作品の中から

自分が見たい、と思うものに出会うには

情報を積極的に

探しに行かなくちゃいけない。

昔は放っておいても向こうから

ガンガンやってくる感じだったけれど

テレビを見なくなったからか

あまりにも多すぎるのか

自分の好みが偏りすぎてるのか。

 

今回は新聞広告で知ったけれど

その日の新聞を読まなければ

スルーしていたのかもしれません。

(その新聞社も協賛してたこと

映画館で知りました。)

 

映画だけじゃなくて音楽も動画も

指先ひとつで小さなデバイスで

大量に楽しめるようになってから

選択は自分でね という

自由さの広大な海に投げ出されて

欲しいものを掴みにいくのが

面倒なことになってるように感じます。

情報が多すぎる。

 

一生の間に読み終わるわけがない本、

見終わるわけがないドラマや映画

そして音楽の数々、映像作品。

好きなものを選ぶために

何から当たればいいのやら

途方に暮れるくらいの量に

圧倒されます。

 

もちろん他にすることも

いっぱいあるのだし。

 

なんてことをぼんやり考えました。

何を聴こう?

何を見よう?

何よ読もう?

 

何を聴きたい?

何を見たい?

何を読みたい?

 

新しいものを追いかけなくても

いい歳になってるのかも。

でも、新しいものに出会わないのは

ちょっと勿体無いことなのかも。

 

そんなこんなを

行ったり来たりしながら

毎日を過ごしてるように思います。

 

***********

throw away no. 101

 

キャンドルを乗せるのに使ってた

木のコースター的なもの。

もしかしたらまた、で置いてある

こういうものの出番はほぼない。

もしかして必要なシーンを想像したら

別のものを選ぶだろうと思えたので

これは処分です。

小さいものだ。

こういうものが捨てられないと

大きいものも捨てられないんだ。

 

本日も、お越しいただき

ありがとうございます。

 

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