新しい生活

随分とご無沙汰をしてしまいました。

ゴールデンウィーク真っ只中ですね。

みなさまいかがお過ごしでしょうか。

 

テレビに映る華やかな空港ロビーの様子

10連休で海外旅行なんて聞くと

羨ましい限りですけれど

本当はそんな方々は

ほんのちょっとなんだろうな なんて

勝手に思い込んでみたりしています。

 

娘たちがやってきて

すごい量の荷物を

どうにか家の中に入れ

適切な場所に配置し

一緒に使うものは使いやすいよう

話し合って収納場所を決めたり

基本的なルールを確認したり

全員が全員に気を使いながらの半月が過ぎて

ようやく、少し落ち着いたかな という

そんな感じです。

はぁぁぁぁ 疲れた。

 

ぎこちない感じもしながら

一緒に過ごす時間にも少し慣れました。

誰かと生活を共にすることは

一筋縄ではいかないけれど

それでも、帰る家に灯りがついていたり

おかえりなさい いってらっしゃいと

言える誰かがいることの

ありがたさや安心感に

心が温められています。

 

何でも自分一人でやってきたし

できる自信もあるけれど

変に遠慮したり意固地にならず

誰かに頼ったりお願いしたりも

素直に上手にできるようにならないとね。

 

食事を作り、食べることも

一人気ままにやっていたけれど

キッチンや冷蔵庫、食材を

生活時間やリズムもまるで違う人たちと

上手に共有して使うことに慣れるまで

お互いにまだまだ時間がかかりそう。

 

誰かが作ってくれたものがある

そんな贅沢な出来事も

嬉しいやら、申し訳ないやらで

妙に落ち着かなかったりして

こういうのもきっと

少しずつ、慣れていくのでしょう。

 

3人で外出して、

帰ってきてから同じ映画を観たり

そんな日もちらほら出てきて

不思議な気持ち。

ひとりで何をしようかと

寂しく持て余すような時間は

そういえばなくなりつつあるみたいです。

 

明日は久しぶりに

何の予定も入っていない休日。

そして残りの3連休は友人の手伝いで

フル出勤で仕事の予定。

今までの生活とは違い

なんだか勤務日と休みの感覚も

曖昧な毎日になっています。

気づくとうっかり連続勤務が続いていたりして

心身ともにヘトヘトになってたり

まだまだ働き方のバランスも上手に取れません。

 

あれこれ全部

新しい生活がスタートした春。

まだまだ流れに翻弄されている状態ですけれど

面白がりながら今日も明日も

過ごしていこうと思います。

近況

 

コンピューターに向かって

仕事に深く入り込んでいると

時間の感覚がなくなります。

 

ふ っと浮かび上がってくるともう

集中の糸は切れていて、

同じ深さまでもう一度戻ることは

なかなかできないものです。

 

そんなふうに集中するには

やはり環境が大切で、

近所のコワーキングオフィスにいると

入りやすい気がしています。

周りに人の気配はあるのだけれど

それぞれが自分の仕事に集中しているところや

息抜きに雑談ができたりすることでも

気持ちが楽になっていて

集中して仕事をしたい時には

この場所があって本当によかったなと

いつも思います。

 

PCI の仕事

友人の仕事の手伝い

ライターとして書かしていただいている仕事

家のこと など

切り替えが上手にできず

相変わらず右往左往しているうちに

あっという間に日が過ぎます。

土日も働くことが増え、

休んでるんだかどうなんだか。

楽になるはずだったのに

意外とそうでもなくて

慣れない仕事には気を張っているのに

まるで初心者なものだから

失敗することも

思い通りにできないことも多くて

凹むことも多々あります。

ま、おばちゃんだからすぐに

凹んでたことすら忘れてしまうのだけどね。

 

来週は娘たちの引っ越しweek で

あと数日で猫との気ままな暮らしは終わります。

寂しい気持ちもあるけれど

どんなふうになるんだろうっていう

興味津々な気持ちの方が勝っていて

賑やかになる時間を楽しみにしています。

すぐに慣れて、

色々お互いに文句も出てくるんだろうな。

 

ジモティーで手を上げてくださった方が

洗濯機を引き取ってくださいました。

家までとりに来てくれて、無料。ありがたい。

大事に大事に使っていた洗濯機です。

第2の人生でも、誰かの役に立ちますように。

で、娘たちの洗濯機が来るまでの2週間

洗濯は手洗いとコインランドリーで

どうにかしのぐ作戦。

 

手洗いはいいんだけど、

脱水が洗濯機でできないと、

やっぱり結構大変。

どんなに頑張って絞ったつもりでも

自力で絞ったものからは

ボトボト水滴が落ちてきて閉口してます。

 

そしてコインランドリーでは

10のパワーの洗濯機に

2くらいの量の洗濯物を入れてる感じ。

1回1000円とかするのね。結構高くてびっくり。

(コインちゃうやん)

毎日のように通うところではないと

早々に学習して、ある程度溜めてからって思うけど

汗かいたものなんかは早く洗いたいし

溜めて洗おうとすると

タオルだろうが下着だろうが

枚数が必要なのねぇと思ったりして

色々感じることも考えることもあります。

 

洗濯機のない暮らしに興味があったけれど

残念ながら「絶対無理」確定です。

なんなら乾燥機で乾いたタオルやシーツの

気持ちよさってやっぱり格別 とか

簡単に感じてしまう自分にもがっかり。

サステナブルとかエコとかには

覚悟が必要なんだよなぁ。

 

暮らしに揺さぶりがかかって

今までの固定概念が外れていく感じがすごい。

ここはこれでいい、と思ってたことも

こうしましょう、こうしたらどう?と

新たな視点が入ることで

まるで違う景色が生まれます。

小さなことばかりだけどすごく新鮮。

生活がめきめき改善されていくようで

まだこんな体験をすることがあるとはね。

なんだかささやかに心楽しい日々。

 

時間をかけて暮らしを作り

安定した時間を過ごすことはもちろん

心穏やかで素敵なことだけれど

こんなふうに同じ場所に住みながら

環境を強引に変えていくことも

面白い体験です。

今、まわりにいてくれる人たちに

感謝して、大事に思いながら

わたしのできることをしていこう。

 

今週末も引っ越しまわりのあれこれで

忙しくなりそうですが

仕事のない週末なので、

少しホッとできるかな。

 

どうぞ良い週末を!

 

 

楽しみを楽しむために

 

NHKの朝の連ドラに加えて

今年はまだ大河ドラマも

ギリギリ見られていたり

「不適切にもほどがある」とか

テレビドラマも追いかけて見ています。

 

これが出来るようになったのは

NHKプラスとTver のおかげです。

いつでも見られる録画は見ないのに

1週間ならただで見られる、と制限がつくと

なんだかちゃんと見るもんだ。

 

で、Tver を見ていると、

これはどうですか?と

色々おすすめされるじゃないですか?

そんな中に大好きなドラマ、

「最後から二番目の恋」を見つけて

無料の2話を見ちゃったらハマって

悔しいけれど、まぁいいか、と

FOD を1ヶ月だけ契約しました。

 

そうしたら、もう1回見たいと思う

古いドラマが目白押しです。

半月経たないうちに

コストはすでに十分回収したよね。うん。

 

「最後から二番目の恋」は特別版も

シーズン2も全部見て、

その後に竹内結子ちゃんが

むちゃくちゃ可愛いと涙目になりながら

「ランチの女王」も全部見て

山口智子、いい女優さんだよなぁ

三谷幸喜さんの脚本の中でも

このドラマは秀逸よねーとか思いながら

今「王様のレストラン」を見ています。

 

なぜそんなに私が見たいと思うドラマを

ピンポイントでおすすめしてくるのやら。

AI って怖いわー。

 

古いドラマを見返すのって楽しい。

女優さんや男優さんがみんな若くて

可愛かった、綺麗だった、

かっこよかったよねーって。

亡くなってしまった方が

ドラマの中で生き生きと

生きて動いているのを見るのは

不思議で切ないことだけど

それは素敵なことなのよね。

 

放送日にテレビの前で待ち構えて

見るしかなかった時代

ビデオに録画していた時代から

DVDを借りにいく時代を経て

サブスクで一気に見られる時代へ。

 

ドラマや映画の作り方も

大きく変化してるのでしょうね。

画面の前で楽しませていただくだけの

のんきな立場だけど

いい作品に出会うことは人生の喜びです。

こういう世界で働くのは

もちろん厳しいんだろうけれど、

楽しいだろうなぁ。

 

今期の連ドラの「虎に翼」

まだ始まったばかりだけれど

最高じゃないですか?

伊藤沙莉ちゃんは大好きな女優さんだし

テーマにも胸が熱くなるしで

なんだかワクワクしながら見ています。

 

働くことに対する純粋な喜びみたいなものは

もちろんあるにせよ、

それはやっぱりお金を稼ぐため。

旅に出たり、美味しいものを食べたり

こういう映像作品や音楽を楽しんだり

大好きな人たちと過ごしたり

そういう時間を過ごすための

素敵な快適な環境を整えたり

そういうことのためなんだよね。

 

まだまだ人生は長いから

いろんなものを諦めずに済むように

これからも頑張っていこう。

 

なんてね、鼻風邪をひいて

ぐずぐず鼻をすすりながら

しばらく のそのそしてたんだけど

頑張って1ヶ月ぶりに

キックボクシングに行きました。

息が上がり、限界のちょっと先まで頑張って

何も考えず体を動かし汗だくになると

なんだか鬱々と溜まってたものが

汗になって散ってしまったみたい。

 

次の日にはやる気がみなぎり

ちょっとハイになってるのだから

体を動かすのは大事なことなんだね

なんてことを考えている金曜日です。

 

みょうに時間があるもんだから

あれもこれも

いいよ、いいよ、大丈夫よ なんて

安請け合いしていたら

予定表がパンパンになっていて

しばらくテンパってました。

少しこの辺りのコントロールも

上手にやっていかなくちゃ。

 

何を一番に考えて

大事にしていくべきかというと

とりあえずはまず、稼ぐことなんですよ。

やっぱり。

生きていかねばならないのだから。

ここの基盤を固めることに

まずは集中だな。

還暦を過ぎてまた

自分探しの旅を始めることになるとは。

どんなふうに生きていきたいかのビジョンは

はっきりと頭の中にあるのだから

それを叶えるための努力を

日々惜しまずに重ねていこう。

 

頑張りましょうね。

そして、皆様、良い週末を!

 

和裁と着物

 

週末に行われていた

東京キモノショー2024 というイベントで

今年は少しお手伝いなどさせていただきました。

 

その前日には和裁の先生のご紹介で

帯結びを教えていただく講座に出たり

和装関係にどっぷりと浸かった週末。

楽しかった!

 

着物も二日連続で着用して、ぐったり。

でも、嫁に持たせてもらったまま

一度も着ることのなかった塩沢の袷を

ようやく着ることができました。

少しずつ経験値を重ねています。

とはいえ、相変わらず、

壮絶に似合わない問題。笑

好きなのに、似合わない。

顔大首短人種、非常に切ない状況です。

 

スタイルが悪くて服が似合わない問題も

まぁまぁ自分の納得いくところまで

長い時間をかけて解決したのだから、

これもじっくりと

取り組むしかないでしょうねぇ。

落ち込むのではなく

楽しみながら、面白がりながら

ぼちぼちやっていきましょうか。

 

そして、どんな着物をどんなふうに着たいのか

という「そもそも」の問題。

これもなかなか難題です。

ここが少しは解決しないと

ちっとも前に進めません。

 

昨日はイベント会場にいらした

たくさんの方のお着物姿を拝見して

とても勉強になりました。

やっぱり数を見るのは大事ねぇ。

どういう着物姿に惹かれるのか

という事例を集めているところです。

それはそれでとても楽しく

ワクワクする事ですが

素敵だな、と思ってもイコール

それが自分に似合うわけではないのは

洋服と同じ。

 

洋服と同じように

着てみて、鏡を見てギョッとするのか

まぁまぁやな、と思うのか

自分の見え方にプラスして、

自分の心持ちのありようも観察します。

ほんと、まだまだやなぁというか

着物素敵に着られるようになんて

ほんまになるんか!?レベルで悲しい。

 

着付けに関しては、

もうこれは技術でもあるので

回数を重ねるしかない。

ちゃんと着られているとかっこいいけど

そこもまだまだ不本意極まりない感じ。

どうにか着られているレベルでは

素敵にはほど遠いのねぇ。

これも一足飛びには上達しないので

じっくり取り組むしかないのです。

 

下着、補正、髪型など

着物以前の課題も山積。

着物の場合は草履から小物まで

何せ手持ちが少ないうえに

新しいものを求めようとすると

非常に高額でもあるので

そこでいきなりストップがかかります。

進展はすごーくゆっくり。

 

リユースの比較的求めやすいものも含めて

ネットの中で着物や帯をたくさん見ながら

心が動くのはどういうものに対してなのかなど

まだまだゆっくり研究しています。

古い着物を手に入れて、ほどき、

自分サイズに縫い直す、というやり方なら

少しずつでも揃えていけるかもねと

今はぼんやり思っています。

 

それにしても、布を着るものに変える作業が

本当に好きなのね。

和裁には本腰を入れて取り組むつもり。

NHK の大河ドラマを見ても

装束に興味が向いてしょうがない。

組紐とか、刺繍とかも気になって

生涯楽しめる壮大な趣味を見つけたよねって

嬉しく思ってます。

 

もうすぐ初めて縫っている下着、

嘘つき半襦袢が縫い上がります。

これは新モスと言われる

綿100%の晒のような素材を

先生に分けていただいて制作。

夏用に麻地でも縫いたいし、

裾除けも縫いたいし なんて

下着から先になかなか進めないけれど

ネットの中で浴衣地を山のように眺めて

どんなものなら着たいと思うのかを考えています。

(今年の夏に間に合うのか!?)

 

結局は普通の人が日常的に身につけていたもの。

そんなに難しく考えすぎず

自由に楽しみながら着ればいいのよね と

思いながらも、鏡を見ては凹み続けてます。

(あぁ。似合わねー)

(痩せればちょっとはマシなんじゃ…)

 

洋服を着ても今までのようにはいかず

悲しい感じに老けていっているのだから

まぁ、しょうがないことではあるのだ。

歳を重ねると見た目が悪くなるなんて

つまんないよねぇ。ほんと。

ちぇっ。

 

やるべきこと

日々の楽しみ

友人との楽しい時間

そういうものを重ねながら

今日も頑張っていこう。

今週も、今月も、頑張っていきましょうね。

 

家事

 

週末、稲垣えみ子さんの

「家事か地獄か」を再読していて

また、家事と暮らしについて

考えています。

 

せめて日曜日だけは

来たる娘たちとの同居のために

片付けをやろうとしていて

今日はベランダに設置していた

エレクターの棚をクローゼットルームに移設。

元々は処分しようと思っていて

そのために運ぼうとしたところで

待てよ、と思いつきました。

クローゼットに入るんじゃないの?と

測ってみるとちょうどいい!

この棚をパントリーとして使うことにします。

 

共有のものとして使うものと

プライベートのものをまず分類して

それぞれのものを収める場所を考えています。

個人のものは基本寝室に。

洋服のみクローゼットルームに

はみ出させることにすれば、

どうにか収まるのではないかという作戦。

 

彼らのモノのための空間を作らねばならず

あれこれ考えながら今あるモノを処分しつつ

限られた空間で使いやすく収納 と

考えていたところで

必要最低限のものしかなければ

そもそも収納に悩むこともないのだなと

稲垣さんの本を読み、

改めて考え込んでいます。

そんなに多い方ではないと思うけど

やっぱり少ないわけではない。

 

暮らしをシンプルにすればするほど

楽になるだろうことは容易に想像がつくのに

なかなか踏み切れないのは何故だろうな。

まだまだいろんな方向に

未練や欲望が残ってるのだよねぇ。

 

でも、年を重ねていけばいくほど

自分の手に負えないことも増えていくはず。

掃除、洗濯、料理など

家事を軽やかに、

手に負えるものにしておくことは

きっと本当に大事なこと。

おそらくモノを減らすことで

かなっていくのだろうと思うから

これからも新しい暮らしが始まっても

試行錯誤を続けていこうと思うのです。

 

なんだかんだと

変化は楽しいね。

 

そりゃ豪華旅行も楽しいと思うけど

知恵を絞り、あれこれ工夫を繰り返し

ドロドロになった雑巾を洗いながら

達成感に満たされる休日も

負けてないように思えます。

 

読み返して一番心に残ったのは

本当に年をとり、

最後に何もすることがなくなった時に

どうすればいいのかという問いに

日々暮らすための家事さえあれば

何もすることがなくなることはないと

答えを導いた稲垣さんの結論。

生きるということはそういうことだねって

深く深く頷いています。

水切りかご

 

水切りかごを買いました。

この家に来てはじめての水切りかご。

十年以上使わずに暮らしてきたわけです。

 

使わなくなったのは

なんだかんだ言っても水が溜まるし

定期的に拭き上げなくては

水垢でどんどん気持ち悪くなるけれど

形状的にその作業が結構面倒で

ないほうがスッキリするのでは!?と

思いついてしまったから。

で、一人暮らし程度の量の洗い物なら

そんな感じで過ごせてしまっていました。

 

でも、この十年の間に

水切りかごも進化してます。

狭い場所にも好きなように置ける

色々な形状のものがあり

サイズも探せばピッタリものを探せます。

水はシンクに向かって

流し落とせるものも増えているし

デザイン的にも納得のいくものが

あれこれと見当たります。

 

ということで、置く予定の場所を測り

色々なメーカーのものを比べて

発注しました。

 

 

DINOSさんで選んだ流しの横に置くタイプ。

 

 

こんな感じに収まりました。

箸立てやらコップ立てやらのパーツは

なんとなく気に食わず取り外してすっきり。

あったほうが便利だろうなと

使いながら思ってはいますが

まぁなくてもいけそうなので

このままいきます。

 

使い始めると、やっぱりいいね。笑

置く場所が決まっていて、

そこにおけばいい感じに水が切れるのは

悪くないねぇ。

 

洗い物が一段落したら、

底の水切りパンとカゴを軽く拭く

そういう作業を厭わずにできるくらいに

この十年で自分にも家事が身についています。

やれやれ。

 

スポンジも、洗剤入れも

新しいモノを導入して

洗い物が楽しくなっています。

うん 悪くない。

なんか、いいじゃん。

 

一人暮らしを続けていたら

こうはならなかっただろうことが

少しずつひとつひとつ。

生活を新しくしていくことは

いろんな場面でいろんな場所で

あらゆる可能性があるってこと。

 

住む場所を

着る服を清潔に保ち

身体に取り入れるものを作る

 

暮らすということは

生きるということ

 

それを楽しく繰り返す日々を

作っていくのは

ささやかだけどやりがいのある仕事。

 

年齢を重ねていくここからは

間違いなくますます大事になること

軽やかに楽しんでいけますように。

 

断捨離は続く

 

相変わらず週末になると

あちこち片付けたり、考えたり、

なんだかんだと慌ただしい。

 

洗濯機とソファを処分せねば、というのが

かなり大きめの処分問題。

ソファはこの記事で詳しく書いておりますが

IKEA のもの。

シングルベッドにもなる深めの座面が嬉しくて

気に入って使っていましたが、

処分するとなるとかなり大変。

大きいからねぇ。

粗大ゴミにするにしても、

どうやってゴミ置き場まで運ぶのだい。

 

洗濯機もまだまだ使えるし

手入れもきちんとしてたから

きれいな状態です。

リサイクルにもお金がかかるのねって

いろいろと調べてみましたが

最終的にどうしようもなかったら

全部まとめて処分してくれる

リサイクル業者に頼むという手もあるかと

考えたところで

ダメもとでジモティーに出してみました。

 

適当に写真を撮って

運び出してくれるなら

無料でどうぞ、と書いてみたら

すごいねー

洗濯機など、ものの数分で

10通以上の申し込みがありました。

これは業者さんですね、とわかる感じ。

とはいえ、びっくり。

一番最初にメールをくれた人に

お譲りしますと連絡しました。

出来るだけギリギリまで使えるよう

日程は調整してもらいます。

 

ソファは猫の爪とぎあとがひどいので、

カバーは新調してくださいねと正直に。

こちらは一般の方と思われる方から

問い合わせをいただきました。

まだいろいろ打ち合わせ中なので

決まったわけではありませんが、

どうやって捨てようと悩んでいたものが

こんな風に誰かに貰われていくのなら

ありがたいなぁと嬉しいことです。

 

あとの大きめのものはテレビ台。

IKEAの安物だし、劣化も酷いし

これはどうにか運び出せるのではないかしら。

とはいえ、かなり苦労するだろうなと

想像がつきます。

で、他のものもいろいろ含めて

リサイクルの業者さんに一括でお願いするのも

いいかもねと まだ思ってます。

大物がなくなったので、軽トラでいけるなら

あれこれ粗大ゴミで出すよりも

安く上がるかもしれませんものね。

粗大ゴミもたくさんになると

意外と費用がかさみます。

30cm以上のものは全部粗大ゴミって思うと

そこそこあれこれあるのよね。

 

インスタグラマーのyur.3が

先日上げていらしたコンテンツにあった

『断捨離で大切なのは、

得しようなんて思わないこと』

という言葉が刺さりまして

売ろう、とか思わなくていいのだと

ふっと楽になりました。

必要ないものはどんどん処分しよう。

 

トランクルームの中も

数年ぶりに、覚悟を決めて改めてみると

そこにあったことすら覚えていないものが

大量に発掘されました。

なくても全く影響のなかったものたち。

私が死んだ後に発掘されたら

きっと娘が困り果てることでしょう。

そこにしまい込んだ時には

捨てがたかったものなのかと思うと

不思議な気持ちになります。

バッサバサと処分処分。

amazon の大きな茶色の紙袋が大活躍です。

 

(これね。)

 

一旦ここに入れると、

中身が見える心配もなくて

気持ち楽に、思い切りよく捨てられます。

このタイミングでまた、

この作業が出来たことのありがたさ。

まだまだたくさんあるモノと

どうやって最後まで付き合うのか

最終的にはどうなるのがいいのか

試行錯誤は続いていくのでしょう。

 

自分がこだわって残しておきたいと思うものと

意外ともう執着してないと気づくものと

いろいろあって面白い。

これは年月とともに変化していき

おそらくどんどん執着しなくなるんだろうなと

想像がつきます。

死ぬ時に持っていけるものなど

ひとつもないのだ。

そして残されて本当に嬉しいのは

お金くらいじゃないかねぇ

(せめて借金は残さないようにするよ)

 

着物と和裁には

今気持ちががっつり向いているから

その辺りのものはまだ手元に残したいけれど

本や日記や記録的なものへの執着は

どんどん薄くなっています。

日記など、ほんと

死んだ後に見つかったら

恥ずかしい以外のなにものでもないから

全捨てです。全捨て。

最近ではペラペラのノートに何かしら書き

ノートがいっぱいになったら捨ててます。

考えていることを吐き出すのは

必要な作業でも

それが終わったら

自分でも読み返すのが恥ずかしい。

同じことを何度も何度も何度も考えて

決意するのに出来ない何十年の歴史には

自慢できることなどひとつもないぜ。

死んだ後のことに思い至る年齢になると

そういうものへの未練は全くなくなるのねぇ。

 

その点、PCの中に埋もれていくものは

嵩張らなくて、気が楽です。

一応誰かが読む前提で書いているので

それなりに「よそ行き」になってるしね。

 

やってみれば、気持ちいいのがわかってる

片付けという作業。

心理的なハードルの高さは

なんかダメな自分と向き合うことだからかなぁ。

まだまだ続きますが、

すっきりと片付いた空間をイメージして

頑張ろうと思います。

 

 

 

 

変わる生活

 

春からは一緒に暮らす人が増えるから

もうちょっと生活を普通にシフトしなくてはと

いろいろ試行錯誤中です。

 

皿を洗うのは(布巾ではなく)

スポンジにしていただけるでしょうか

水切りカゴを導入してもらえますでしょうかと

当たり前と言えば当たり前のリクエストを

娘から出されて、まずはスポンジを導入。

スポンジの置き場所はシンク手前に

無印で買ったこれをつけました。390円なり。

 

 

 

レビュー通り、落ちやすいしグラグラするけど

とりあえずは ま、いいでしょう。

スポンジ生活に戻るなら

スポンジが視界に入らないことが

まずは第一条件。

 

そして使ってみるとやっぱり

布巾よりスポンジの方が

スピードは上がるし

洗いやすいのは間違いないのね。

 

消耗するスポンジをストックしたり

買い足したりする手間と

そもそもプラごみになるものを買うことに

抵抗を示しての布巾でしたが

一人分じゃなくなるというのは大きな変化。

洗うお皿の枚数も増えるのだから

水切りカゴもあった方がいいのかも。

 

なんてね、こんな小さなもの

ひとつひとつについて

あれこれ考えて過ごしています。

想像と現実はまた

全く違ったりするのだろうけれど

とりあえず

イメージする以外にないから

変化していくであろう生活に

少しずつ慣れていかねば。

 

今までは自分ひとりが良ければ

それで良かったことが

そうじゃなくなるのだねぇ。

一緒に暮らす人がギョッとして

嫌な気持ちになるようなことは

ないだろうかと考えます。

 

なければないでどうにかなってたけど

ティッシュが生活に戻ってきたら

びっくりするくらいに使うんだろうと

想像できてしまうのが

我ながら悲しいのに

ティッシュが戻ってくる!と

どこかで喜んでるような自分もいて

なんか複雑。

 

あれもこれもそれも

全部楽しんでいこう。

誰かと生活を分かち合うことを

面白がっていこうと思います。

 

次に

 

なんだか妙に生暖かい日が続きましたが

今日の東京は雨。

週末まで雨が続き、しばらくは寒いようです。

変な気候に不安になりますよね。

いやはや。

 

”洋服を作る”というミッションがなくなったため

妙に時間がある日常にしばらく戸惑ってました。

しなくてはいけない業務を把握して、やることと

今までと違う “次” を考えて、そして動くこと

自宅の整理と個人スペースの縮小プロジェクトを

粛々と進めること

そういったことに心を向けることが

どうにかできるようになってきたようです。

 

少しでも時間があると

有効に使わねば と思ってしまうし

忙しくしてること = 頑張ってること

みたいに思い込んでた数十年。

この刷り込みはしぶとくて

のんびりゆっくりしてると

罪悪感が襲いかかってきていたのですが

それにもずいぶん慣れました。

 

ペースダウンは年齢的には

ありがたいことなのです。ほんと。

 

ここから先の想定数十年を思うと

正直なところ、不安しかない。笑

どのくらいまで身体と頭が動くのか

どのくらいまで働く場所があるのか

ささやかな年金額のお知らせ通知を見ながら

それでももらえるのはありがたいわねぇと

意外とすぐやったねぇと思ったりしてます。

 

ずっとちゃんと働いてきてくれた

パートナーがいるということのありがたみは

ここから威力を発揮するのだろうな。

独り身を通してきてしまったからには

自分でどうにかするしかないけれど

娘たちと一緒ならどうにかなるかな と

思いがけないタイミングと成り行きに

ただただ感謝しかない気持ちになってます。

年金もらう年になるまでは

知恵を絞って稼いでいきましょう。

 

ありがたいことに、小さな仕事の依頼は

ぱらぱらといただいております。

そういうお仕事に誠意を持って取り組むことで

また何かに繋がるといいなと考えながら

ようやく、次の人生のことも

考えられるようになってきました。

 

転機 という人生のタイミングの上に

まさに今、いるのだなぁ と思います。

何があっても

笑いながら、歩いていきましょうね。

 

噛み砕いて熟成することごと

 

Netflix や Youtube などを見る。

今はお風呂程度なら大丈夫な

スマホもいっぱいあるから

お風呂でのんびりしながら

見てるって人の話もよく聞きますし

気持ちがしんどい時に

キッチンの片付けものをするときや

洗濯物を畳むときにも

助けてくれるツールにもなっています。

 

一人でご飯を食べる時にも

眠る前のひと時も

ジャムのためのリンゴをたくさん刻む時、

煮干しの頭と中骨を取りながら

手を動かす単純作業をする時にも、

タブレットを持ち運ぶようになりました。

 

読書にハマっている時には

延々とどこででも読み続けます。

結構幸せな時間ではあるけれど

あっという間に休日が終わってたりすると

なんとはなしに罪悪感があったりします。

 

いつもいつも何かの楽しい刺激を

欲しがってる自分は

なんだかやばい気がしてきます。

 

何も見ず、何も聞かず、

何も読まず、

何かをする時間、

考えごとをする時間を

意識するようになりました。

 

日記的に、その時に思ってることを

なんでもいいから

手で、うわーっとノートに書く時間

集中して料理をする時間

掃除や片付け、縫い物をしている時間

そして仕事の時間

ぼんやりとでも、もっと積極的にでも

自分の頭で考え、そして、

自分から何かをしている時間です。

 

そういう時間にもずっと

オーディブルやラジオを聴く時も

もちろんあるんだけれど

受動的に情報を受ける時間が

多すぎると

処理しきれない感覚があります。

 

入ってきたものを噛み砕いて

自分の頭で考えて

日々の中に溶かしていくためには

ある程度のバランスが大事みたい。

 

入ってくるものがない時には、

自然と何かしらを考えています。

後ろ向きにウジウジしている時もあれば

希望に満ちた野望を

胸に灯している時もあり

小さな躁鬱みたいなものは

普通に日々やってきます。

 

考え方、見方の方向を変えるだけで

次のステップが見えたり

誰かの小さなひと言で

大きな決心をしてみたり

意識せずとも時間をかけて考えていることは

頭の中で発酵したり熟成したりしながら

いつか何かの形にまとまっていくのかもね。

 

だから、インプットだけじゃだめで

発酵させる時間が必要。

そして、発酵したものは、外に出さないと

自分の中で貯めて弄んでるだけだと

だめになってしまうように

そんな風に感じています。

 

こんなものが出てきたんだけど

こんなことを考えてるんだけど

どう思う?と

信頼できるひとにちょっと打ち明けたり

えいやっと行動に移すことで、

何かしらが起こります。

 

それが小さな失敗の連続でも

思うにまかせないことが続いても

経験値は溜まっていって

軌道修正をしながら

思いも掛けない方向にでも

一歩進んでるのですよね。

 

そんなこともぼんやり考えてる

頭の中から出てくること。

 

しっかり働いて

いい1日だったと思える日。

何もできずにだめだめだった日。

いろんな日を重ねて

でも、ちょっとでもマシな自分であるように

今日も 明日も 頑張っていこう。

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